Masashi Mihotani

写真素描 / Photo Drawing (100 Portraits of Higashikawa)

もともと「写真」という言葉は、日本にそれが技術として輸入されたとされる1848年頃より以前から存在していた。「写」に続く「真」とは「すがた」を意味し、つまりは肖像画ということだったらしい。写真の前史へと遡る時、そこから連綿と続く絵画史は、私たち人間がなにをどんな風に「見て」きたのか、その語り部のようでもある。光景は一元的ではなく、カメラは少なくともその一種にすぎない。

タルボット氏はかつて自身の画力を嘆き、またそのコンプレックスがネガポジ法発明の一助でもあったと聞いた。けど、そんな彼による絵をみた時、僕は「なんか良い絵だな」と感じた。簡素な線の押し付けがましくなさ、とかだろうか。他方、お陰様で写真を撮ることは日常になり、レンズから生成へと時代も進み、氾濫を極めるイメージの環境に人々の眼と脳は従属を続けていく。

カメラオブスクラで描くという写真の逆行を、写真の町・東川町で実際に出会う人々を対象に行ったことは、今の僕にとっての写真を考える上で必要な行為だったのだと思う。暗幕の中で追い続けた線の痕跡と、そのとき交わした言葉や時間の余韻は、不思議に絵を写真らしくさせる。