「この世界は死んでいる。でも僕は生きている」という旨の言葉と出会って、希望のようなものを抱いた。よくよく思えば、地球は人間のためにつくられた場所な訳でもないのだから、今だけでなく、昔もまた同様の大変さもあっただろうし。技術社会の果てのようなこの地平がそういうものであると思えば、そこで受動的に生きるんではなく、もっと能動的に「遊んで」いくことが肝なんじゃないか。関係ないけど、琵琶湖でたまたま花火が打ちあがり始めた時、この寒い時期に珍しいと思う程度の僕に対して、彼女は目を輝かせ、手首を握り喜びを示してくれたことが嬉しかった。

おまたせしましたと
両手で手渡される
唐揚げ8個とおんなじぐらい
店員さんの感じも
あったかかった

昨晩に食べたごはんによって
積まれた食器の山を
洗うことはできなかった

ぐりぐり ぐりぐりと
色んな場所を押される
おかげで今日の身体は軽い

スリーグッドシングスって知ってる?
知らんかった
でもそういうことに
なってるんかもしれんとも
思いながら書いてる

だって今日は昼に唐揚げ買ったのに
夜はコンビニと
韓国料理屋のテイクアウトにも寄った

袋あります
そう言ってトートバッグ取り出したら
入れますねと
すすっとやってくれる感じの店長さんとか

チヂミだけでよかったのに
キムチおまけしてくれたおばちゃんとか

ラッキーやな
もう一人のおばちゃんが言う
うまかった

未来を見わたせば
不安ばっかり
今を見てみれば
そういうのは見えへん

あっこのパン屋のおっちゃんだってそうやし
かつもとさんとか
隣のお好み焼きんとこもそう

ほんま人情味あって
案外気づくの遅いのは
自分やったりする

湯船に浸かるように
自室の椅子に沈みこむ
西陽を浴びながら

200円近くするようになったオレオは
その箱一つに
もう10枚しか入っていない

前に並んでいたおじさんが
レジのいつものおばさんに
大きな声で何かを言って
笑った
おばさんは
「私もそうです」
といって
笑った

Indeedのメッセージが
LINEにも通知されるので
その設定の解除に
30分はかかった

謝ることができないまま
結局何日も過ぎて
何事もなかったかのように
甘えている

ラジオではコンテキストの話がされてた
いつからいつまで
どこからどこまで
を知った上で
いま

考えるというか
見つめるというか

おそるおそる
階段をきしませながら
リビングの灯りがともっているか
ニトリで買ったスチール製の洗濯かご
その右手にあるトイレのドア
あたりに視線を送りながら
降りていく

ガレージのシャッターが立てる音
自転車が止まる音
となりの部屋を出入りする音

おそるおそる
女性は50代後半
もうずいぶんと太った

自分が自分らしくならないまま
もうずいぶんと経ってる
そんなこと無いんちゃうかって
画像たちは言う

久々に食べた近所の弁当屋の揚げ物
あぶらったるさがすこし増してて
味落ちてるんちゃうかって
懐かしみながら

停車する車に頭を下げて
せっせとあるく婆ちゃん

昨日聴いてたラジオで
今は小3が保護者なしで外を出歩くことは無い
って言ってたけど
弁当屋の道中で4人はみた

今朝は8時ぐらいに起きて、朝食を買おうと近所のスーパーに行き、そのあと足でパン屋にも寄った。その店のあんぱんが好きで買いたかったのだけど、焼けるのが10時半ぐらいということで、諦めて別のパンを買う。その後は昼くらいまでずっと日記を書いていた。その日記は自分のことだけではなく、色々な人のことを交えながら書き綴っているゆえに、どうしても不特定多数の人に公開するわけにはいかない感じになる。それでも書き残しておくこと自体に意義はある。ただ、できれば公開をしたい。多くの人に読んでほしいという気持ちはない。自分のことを晒したいだけなんだろうか。仲の良い友人とお茶しながら話すように、聞いてほしいだけなのだろうか。詳しくはまだよく分からないけど、とにかく自分のPCのフォルダ内にPDFで封印している。そうするとここに書いてることは一体なんなんだろうか。

とにかく今自分がやるべきことを、ゆっくりでもいいから進めていきたい。個展に向けた準備に関しては、特に大きな不安はもう無いところまで来ていると思う。設営といった作業的な部分が大きな問題で、それは当日の身体に任せておけばいい。