昨日は卒業式だった。一年は早い。これまで「学生」のことを学生さんとか学生氏などと敬称していたけど、それが不自然のことのように思えていた。なんでだろうか?初年度から自分も年をとったということもあるのかもしれない。それか、敬称や敬語を使うことで、逆に距離を置こうとしていたのかもしれない。気が知れてくると結局いつもタメ口になっているし、その方が喋り心地は良い。言葉遣いが相手との距離感を変容させるということは、敬語を使いがちな自分にとっては一つの罠なのかも。敬語をベースとしているゆえに、風景に映る人々のことを遠巻きに見ている。そんなことが起きてないだろうか?

最近は何事に対してもやる気がなかなか出ない。自分がなんで写真をやっていることになっているのかも、よくわからなくなってくる。ただ、誰かの写真を見ていると、やっぱり写真は面白いと思うようにもなる。この感覚には救われる。なんで救われると感じるのか?今は休みすぎていて、無駄に考えがめぐりめぐって、絡まって落ちていくから。写真が目の前にあるという単純なことによって思考のめぐりから解放されている感じ。

「この世界は死んでいる。でも僕は生きている」という旨の言葉と出会って、希望のようなものを抱いた。よくよく思えば、地球は人間のためにつくられた場所な訳でもないのだから、今だけでなく、昔もまた同様の大変さもあっただろうし。技術社会の果てのようなこの地平がそういうものであると思えば、そこで受動的に生きるんではなく、もっと能動的に「遊んで」いくことが肝なんじゃないか。琵琶湖でたまたま花火が打ちあがり始めた時、この寒い時期に珍しいと思う程度の僕に対して、彼女は目を輝かせ、手首を握り喜びを示してくれたことは嬉しくもあったし。

おまたせしましたと
両手で手渡される
唐揚げ8個とおんなじぐらい
店員さんの感じも
あったかかった

昨晩に食べたごはんによって
積まれた食器の山を
洗うことはできなかった

ぐりぐり ぐりぐりと
色んな場所を押される
おかげで今日の身体は軽い

スリーグッドシングスって知ってる?
知らんかった
でもそういうことに
なってるんかもしれんとも
思いながら書いてる

だって今日は昼に唐揚げ買ったのに
夜はコンビニと
韓国料理屋のテイクアウトにも寄った

袋あります
そう言ってトートバッグ取り出したら
入れますねと
すすっとやってくれる感じの店長さんとか

チヂミだけでよかったのに
キムチおまけしてくれたおばちゃんとか

ラッキーやな
もう一人のおばちゃんが言う
うまかった

未来を見わたせば
不安ばっかり
今を見てみれば
そういうのは見えへん

あっこのパン屋のおっちゃんだってそうやし
かつもとさんとか
隣のお好み焼きんとこもそう

ほんま人情味あって
案外気づくの遅いのは
自分やったりする

湯船に浸かるように
自室の椅子に沈みこむ
西陽を浴びながら

200円近くするようになったオレオは
その箱一つに
もう10枚しか入っていない

前に並んでいたおじさんが
レジのいつものおばさんに
大きな声で何かを言って
笑った
おばさんは
「私もそうです」
といって
笑った

Indeedのメッセージが
LINEにも通知されるので
その設定の解除に
30分はかかった

謝ることができないまま
結局何日も過ぎて
何事もなかったかのように
甘えている

ラジオではコンテキストの話がされてた
いつからいつまで
どこからどこまで
を知った上で
いま

考えるというか
見つめるというか

おそるおそる
階段をきしませながら
リビングの灯りがともっているか
ニトリで買ったスチール製の洗濯かご
その右手にあるトイレのドア
あたりに視線を送りながら
降りていく

ガレージのシャッターが立てる音
自転車が止まる音
となりの部屋を出入りする音

おそるおそる
女性は50代後半
もうずいぶんと太った

自分が自分らしくならないまま
もうずいぶんと経ってる
そんなこと無いんちゃうかって
画像たちは言う

久々に食べた近所の弁当屋の揚げ物
あぶらったるさがすこし増してて
味落ちてるんちゃうかって
懐かしみながら

停車する車に頭を下げて
せっせとあるく婆ちゃん

昨日聴いてたラジオで
今は小3が保護者なしで外を出歩くことは無い
って言ってたけど
弁当屋の道中で4人はみた