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実家の猫の具合が悪いと聞いた翌日実家に帰ると、いつも真っ先に寄ってくる彼女はその日、いつものソファの上で、しかし普段見ない姿勢でぐったりしていた。しばらく隣に座っていると突然、それもはじめて聴くような強さでナァと鳴く。話しかけるとそれに応答するようにまた鳴く。眼はうつろとしていて起き上がれそうな気配も無いけど、首もとに手をあてると、普段よりは弱いながら喉を鳴らしている。しかし母がちゅーるを与えようとしても頑なに歯を食いしばって食べようとしない。胃がんかもしれないらしい。そうこうして1時間くらい隣で座っていたら、突然起き上がったかと思うと太ももの上に乗ってきた。それは普段のような動きであったけど、数回また大きくナァと言って、顔をこちら側に向けてぺたりと足をくずす態勢は初めてだった。

0時を回り、彼女を横に寝かせて自分も布団に入った。何分か、何十分毎だったか、一定の周期で大きくナァ、ナァと言う。耳の根本をくすぐり撫でながら声をかける。黒く大きな瞳はわずかに揺れながら遠くを眺めている。深夜2時を回ったころ、ひゅう、ひゅうと小さい吐息が聞こえて自分が眠っていたことに気が付く。1秒おきにひゅう、ひゅうと、その4度目で途切れた。悪い予感は自分の寝返りを重くさせた。彼女の姿は変わらずそこにあった。けど小刻みに収縮していたはずの胸元は動いている様子がない。顔をのぞき込むと、その瞳に焦点を結んでいる様子は無く、まばたきも無く、まるで時間が止まっているかのように静止している。頭を撫でても、背中から尻尾にかけてを撫でても、首もとをうりうりしても反応がない。もふもふしたその身体を触れた手へ押し付けるように返してくるはずなのに、それが全くないので、彼女の姿をした別のなにかのように思えてくる。そう感じる今と、そうで無かったついさっきとが全く同じ光景であることに、頭の中で整合性が取れないからか、その時は驚きや悲しみといった感情よりも不思議だという感覚が自分を包んでいたように思う。まるで剥製のようだった。どこかの家で飾られていた鹿や鷹のそれに触れた時の記憶が呼び起こされる。たくさん触れ合っていたぬくもりのある親密な存在を、剥製のように感じるという経験ははじめてだった。祖父母や犬が亡くなった時もその姿は見ていた、けど人懐っこかった彼女との触覚的な記憶の強さ、そして息をひきとるその時間をそばで過ごしていたこと、この二つが重なっていることは初めてで。これまでで一番仲良くした猫だった。よく遊んだし、ある程度言葉を交わすこともできた。こうして看取れて良かった、けども言うまでもなく悲しい。