最近あえて「キョロキョロ」するようにしている。例えば電車のなかにいる時とかでも、誰かの挙動が視界に入って気になったら、意識的にそれを「みる」ようにしている。これまではそれを不自然な行動だと自分で捉えてきている。けど最近は、気になっているのに気にしていないフリをする方が自分のからだにとって不自然だと感じはじめている。実際そうすることで楽な気分になることは多い。被害妄想や自己否定がそれによって緩和されるからだと思う。誰も自分を気にしてないことも自分の目を通してわかるから。

こういう風に、コミュニケーションにおいて何かを我慢することはストレスになっている気がずっとしている。上記のこと以外で言えば、自分は声が小さい。けど、小さい声で喋り続けること自体は、自分にとって自然ではないと感じる。声が小さくなってしまう時は、「キョロキョロ」できない時と近い心境なのだと思う。つまり何かしらの理由で自分を自制していて、それが癖づいている状態。たぶんその理由も同様のもので、目立つことを避けようとしているからなんじゃないか。これが基本にあるような気がする。

なんで目立つことを避けようとしているのかというと、端的に言えば自分に自信が無いからだろう。自信の根拠は、自分が置かれた社会的立ち位置に依拠していて、また高校生の頃の体験とが二重にあると考える。自分は中学までかなりうるさい生徒だったものの、高校に入るとそれがかえって仇になり怖い先輩に目をつけられる結果になってしまったりした。そういうことが原体験的にあるんだと思う。中学まではうるさい生徒と言った。それもまた自分のベースである。このベースに自分にとっての「自然」があるのだと思う。

昨晩はとある合唱部にはじめて参加してみていた。その時も結構緊張した状態でいたのだけど、最後の方、歌いながら他の人たちの様子に視界を送ってみたら、みんなも一生懸命に歌ってる姿がそこにあって、それがなんだかよかった。合唱だから当たり前なんだけど。同じ曲を一緒に歌ってはいつつも、一人一人にとって歌うという行為の意味や要するエネルギーの感覚は違うだろう。それが見えた気がしていた。

坂口恭平さんの日記を読んで、ここに雑記を書くことを再開してみようと思い、適当に書き始めてみる。最後に書いたのはもう三ヶ月前だった。京都から大阪の実家に戻った頃だ。そう思うと、まだそれぐらいしか経ってないのかと、過去の記憶はとても遠いものに感じる。今は学校での非常勤の仕事しかできていない。今までバイトで補っていた分を、何かとりあえず適当にでも探せばいいのかもしれないけど、来月に久々の個展を控えていて、柔軟に動くことができない。これはもう、自分の脳のパフォーマンス的に仕方無いと割り切ろう。もしかしたら作品が売れて元が取れるなんて事もあるかもしれないし。そもそも、またバイトをするようになったとして、堂々巡り人生になってしまわないだろうかという懸念は強いし、人前に出ることに対しての不安も完全に治っている訳でもない。そんな折、友人から大阪の北摂にあるスペースを貸してくれるという話があった。そこには暗室とギャラリースペースがあり、今はワークショップをとりあえずやってみようという話になっている。彼は自身のスペースのことはもとより、僕の生活のことも考慮してくれているようで。どれだけ人が集まるのかも、いっぱしに教えられるほどのスキルがあるのかも分からないけど、適当なバイトに従事するよりは断然良いのかもしれないと思いはじめている。

実家に帰ってきてからのこの数日、ずっと家の片付けをしてる。京都から降ろしてそのままになってた荷物の荷解きの都合、もともとあり今はただ場所を占拠してるだけのものが目につく。あれはいる、これはいらん、母親と相談しながら少しずつ家のものを減らそうとしてる。母も片付けたい気持ちはずっとあったんだろうと想像する。自己否定の声は常駐してる。お陰様でか、外から聞こえるちょっとした物音でさえが自分の胸を突き刺すような感じ。片付け中もずっと気分が良く無いのは、「この歳になって、そんな理由で突然また帰ってきて、」となってて、家の整理もその同線上にあるからだと思ったりする。ちなみに母はそんなこと一言も言ってない。昼過ぎにリビングでごはんを食べ終え、そろそろ片付け再開と思い皿を洗い始めた時に母が帰ってくる。皿を洗い終え、そのまま開いていたPCを閉じて、けだるい声で「あー」と言って部屋へ戻ろうとすると、母はなにかを言って笑った。僕のその時の「あー」は、ただこの自分の気分の気だるさを振り払う意味だったのだけど、母は、僕がPCを開いてたから何かを作業してて、でも私が帰ってきたから集中できず、中断させてしまった、ごめんやん、みたいに受け取っている感じだったから「いや飯食ってただけや」と言った。せめてその語尾に「で。」とつけれたら自分的には100点だったと言えるかもしれない。その時みた母の表情は、自分の自己否定の声をしばらくの間沈めさせもした。「いやでも、やりたいこと、やるべきことはたくさんあるんやけどな。その価値だって認められてるわけやのに、なんでまだそんな感じなんやろ」「まあでも自分、変に真面目なとこあるよな」「人に喜ばれたり認められたいみたいなとこから来てるやつかな」「人の仮面かぶったマシンに調教されてもうたんちゃう」「あぁ」。ぼおっとスマホを眺めてたら、うらしばさんが「自分の身体ではなく、身体の自分」という旨のことを投稿してた。「あぁ」。昨晩寝床に入ってからは、本を手に取ろうとしたけどやめて、あの人と最初に会った時から現在までをおぼえてる限り振り返った。色々な場面が浮かび上がってくる。ここまで書きながら、別で浮かんだことをXにもメモして、少し頭が晴れたので、とりあえず今晩は母が帰ってくるまでに車庫の不用品整理を済ませる。

昨日は本を届けに菜々子さんの店へ、今朝は高橋さんの引っ越しの手伝いへ行っていた。先日から書いているように、外に出ることすらキツイ状態だったものの、これはある種のリハビリであると思い、ダメだったら途中で引き返せば良いと思って外出した。実際何度かああダメだと、土日で人が凄いし雨だし片道3時間ぐらいかかってるしとか思って実際何度か引き返そうとなった時もあった。ただいざ当人と会って、会えば自然に言葉がでてきて、そうして話していることで自然と不安は消滅していった。こうやって人と話していると自分がホームポジションへ戻っていくような感覚がある。自分が信用し会いたいと思う人達はおそらくみんなも僕のことをなにかしらの視点で存在を認め理解してくれていて、会う事でそれを自分も半ば無意識に実感することになっていて、そうして自分像を思い出すというか、立ち上がってくるというか。そうしたことなしに自己否定が続くと本来の自分を見失って余計に自己否定の声を真に受けてしまう。あと、タロット占いをしてもらったのだけど、そこでこの自己否定と思い込みとを紐づけて研究してみようと思った。思い込みのせいで信用する人を失ってしまったことがあるし、そういえば20年近く前にもそれで親と衝突もして、どうもそれを今まで引きずってきている気もしているし。

このしばらくの自分の状態はかなり不安定で良くない感じがしているけど、健康的に生きていくためにも、この状態と建設的に向き合っていきたい。今のこの状態を引き起こしている要因の震源には、意識が内側に向きすぎている、ということがあるのだと考えている。そしてそれによって、僕自身に内在している偏見が、そのまま自己否定という形で自分に跳ね返ってきている。結果として自分をいじめる自分という奇妙な存在が現れているという状態になっているわけなのだけど、この存在は往々にして社会からいつのまにか植え付けられたもので、多くの人がそれに飼われているんじゃないかと思う。だからこれとの闘い方にもバリエーションがあって、例えばちゃんと就職して出世して、というルートを辿ることは正攻法的な向き合い方と言えるんだと思う。ただそのルートの中には多様な困難があって、途中で振り落とされていく人も数知れない。自分も早々に振り落とされたようなものだ。そして戻りたいとも思わないわけだから、完全に背を向けれていたつもりだった。けれども日々を過ごしているなかで、自分が背を向けたつもりでいたものは大きすぎて自分をまるっと包み込んでいて、だからどの方向へ背を向けても無駄ということを、最近やっと実感している。

今はとにかく誰かと接すること、誰かの目に触れることだけでさえ不安が起こる。スーパーのレジで会計をする時でさえ軽くめまいがするぐらいだ。それでバイトを辞めることは決心できた。ここに後悔はない。個人や催事のマイノリティー性に対する一部の差別的な空気には兼ねてから嫌気もさしていた。急な休みで負担をかけてしまった同僚の人たちには申し訳ないのだけど。でも逆によくこれだけ長くやっていたとも思う。完全な退職はまだ先だけど、この環境からは解放された身にはなっているから、もう少し休めば案外状態は回復していくのかもしれない。

他者がいるということを意識する時、その想像は他者から僕へ向けられたものでは、実はなくて、他者を経由した僕自身の偏見に基づいていることを分かっておきたい。こうしたことは言い換えれば、他者の観察が不足してるということでもある。もしくは、相手を相手のまま受け入れ、認めるという大らかさが不足しているとも言えるのかもしれない。