Mさんとチャットをしながら、今の自分は「孤独」と向き合うべきなのかもしれないと思った。「孤独」にも色々あるが、今の僕の場合、対人関係、実家に居る事、制作、この三つが大きく関わってる感じがする。京都に居た時と比べて、今は友人と呼べる人と会える頻度が激減していることも然り、実家という場所はやはり居づらく、母親は僕を咎めたりすることはないものの、どうしても自分が恥ずかしくなってしまって、会わせられる顔も無く、できるだけ避けている。制作については、チャットで聞いた話でもあったのだけど、ある著名な作家も制作とは孤独である的なことを言っていた話に依拠している。金にもならないし、多くの人に認めてもらえる訳でもない制作に対する、浮き沈みの激しいモチベーションにはこの「孤独」が関係しているんだろうか。
チャットの後、何かこの今の状況を生産的にできないだろうかと思い、「孤独と向き合う為のアーティストインレジデンスin実家」と題してノートを書こうとしたりしたけど、なんだかしっくりこなかったのでやめた。ただ、日々のことを反芻しながら書くという行為自体には健康的な効果を感じるので、とりあえずここに書いている。不特定多数の誰かへ、というよりも、まずは自分自身にひらけた場でないと、多分書けない。このブログはおそらくほぼ誰も観てないような閉じた場所なんだけど、故に自分に対しては開けている。これが良いんだかどうかは分からない。それならノートを匿名でやればいいのでは?等とも思い、決心は常に定まらない。定まらないが、揺れながらでも動いていくことに意義がある。