実家に帰ってきてからのこの数日、ずっと家の片付けをしてる。京都から降ろしてそのままになってた荷物の荷解きの都合、もともとあり今はただ場所を占拠してるだけのものが目につく。あれはいる、これはいらん、母親と相談しながら少しずつ家のものを減らそうとしてる。母も片付けたい気持ちはずっとあったんだろうと想像する。自己否定の声は常駐してる。お陰様でか、外から聞こえるちょっとした物音でさえが自分の胸を突き刺すような感じ。片付け中もずっと気分が良く無いのは、「この歳になって、そんな理由で突然また帰ってきて、」となってて、家の整理もその同線上にあるからだと思ったりする。ちなみに母はそんなこと一言も言ってない。昼過ぎにリビングでごはんを食べ終え、そろそろ片付け再開と思い皿を洗い始めた時に母が帰ってくる。皿を洗い終え、そのまま開いていたPCを閉じて、けだるい声で「あー」と言って部屋へ戻ろうとすると、母はなにかを言って笑った。僕のその時の「あー」は、ただこの自分の気分の気だるさを振り払う意味だったのだけど、母は、僕がPCを開いてたから何かを作業してて、でも私が帰ってきたから集中できず、中断させてしまった、ごめんやん、みたいに受け取っている感じだったから「いや飯食ってただけや」と言った。せめてその語尾に「で。」とつけれたら自分的には100点だったと言えるかもしれない。その時みた母の表情は、自分の自己否定の声をしばらくの間沈めさせもした。「いやでも、やりたいこと、やるべきことはたくさんあるんやけどな。その価値だって認められてるわけやのに、なんでまだそんな感じなんやろ」「まあでも自分、変に真面目なとこあるよな」「人に喜ばれたり認められたいみたいなとこから来てるやつかな」「人の仮面かぶったマシンに調教されてもうたんちゃう」「あぁ」。ぼおっとスマホを眺めてたら、うらしばさんが「自分の身体ではなく、身体の自分」という旨のことを投稿してた。「あぁ」。昨晩寝床に入ってからは、本を手に取ろうとしたけどやめて、あの人と最初に会った時から現在までをおぼえてる限り振り返った。色々な場面が浮かび上がってくる。ここまで書きながら、別で浮かんだことをXにもメモして、少し頭が晴れたので、とりあえず今晩は母が帰ってくるまでに車庫の不用品整理を済ませる。