このしばらくの自分の状態はかなり不安定で良くない感じがしているけど、健康的に生きていくためにも、この状態と建設的に向き合っていきたい。今のこの状態を引き起こしている要因の震源には、意識が内側に向きすぎている、ということがあるのだと考えている。そしてそれによって、僕自身に内在している偏見が、そのまま自己否定という形で自分に跳ね返ってきている。結果として自分をいじめる自分という奇妙な存在が現れているという状態になっているわけなのだけど、この存在は往々にして社会からいつのまにか植え付けられたもので、多くの人がそれに飼われているんじゃないかと思う。だからこれとの闘い方にもバリエーションがあって、例えばちゃんと就職して出世して、というルートを辿ることは正攻法的な向き合い方と言えるんだと思う。ただそのルートの中には多様な困難があって、途中で振り落とされていく人も数知れない。自分も早々に振り落とされたようなものだ。そして戻りたいとも思わないわけだから、完全に背を向けれていたつもりだった。けれども日々を過ごしているなかで、自分が背を向けたつもりでいたものは大きすぎて自分をまるっと包み込んでいて、だからどの方向へ背を向けても無駄ということを、最近やっと実感している。
今はとにかく誰かと接すること、誰かの目に触れることだけでさえ不安が起こる。スーパーのレジで会計をする時でさえ軽くめまいがするぐらいだ。それでバイトを辞めることは決心できた。ここに後悔はない。個人や催事のマイノリティー性に対する一部の差別的な空気には兼ねてから嫌気もさしていた。急な休みで負担をかけてしまった同僚の人たちには申し訳ないのだけど。でも逆によくこれだけ長くやっていたとも思う。完全な退職はまだ先だけど、この環境からは解放された身にはなっているから、もう少し休めば案外状態は回復していくのかもしれない。
他者がいるということを意識する時、その想像は他者から僕へ向けられたものでは、実はなくて、他者を経由した僕自身の偏見に基づいていることを分かっておきたい。こうしたことは言い換えれば、他者の観察が不足してるということでもある。もしくは、相手を相手のまま受け入れ、認めるという大らかさが不足しているとも言えるのかもしれない。