学校がある日の木曜は朝6時には起きないといけないのが辛い。もともと夜型だし、結局ほとんど寝付けない翌早朝からの通勤ラッシュ電車に丸1時間詰め込まれるのもしんどい。おかげで1限、2限と頭が冴えていたことはかつてほとんどない。ここから解放されるための動きは大事なことなのかもしれない。2限が終わってタイムカードを押し、その足で赤鹿さんの展示を少しだけ観る。オープンスタジオを題して会期中、作家が不定期滞在しながら都度空間をアップデートさせていくという内容。スタートしてから一ヶ月が過ぎ、開始当初と比べてギャラリー内はかなり充実的な散らかりを見せていた。赤鹿さんはその時は居なかった。脈略が読めない書類やオブジェが山積したPCデスク、テーブルに置かれたマグカップの底に張り付いた紅茶かなにか、こうした不在の痕跡も独特。大伸ばしされた中国のショーか何かのおばちゃんの写真にも足を止めた。いわゆるデジタル写真のツルッとした質感と赤鹿さんの視点の相性の良さも再認識しつつ、15時に京都でカットの予約を入れているのと、大阪駅近くの無印にも寄りたかったためギャラリーをあとにする。グランフロントにできた無印はユニクロと同じ感じの無人レジがずらりと並んでいた。けど有人レジの人にどうぞと呼ばれ普通に会計を済ませる。そういえば中之島美術館のチケットも券売機で売られていた。チケット券売人の自分としてはいよいよかという感覚が強まっていたし、それこそ赤鹿さんがいつぞやかに言っていた虚構という言葉もオーバーラップする。「良いメンタルクリニック知りませんか?」ジャンル横断的に顔の広い渡辺さんならという期待もあり切り出した話題は、意外にも占いへと展開した。それもある種の精神分析と言えるのかもしれない。この頃の自分はとにかく気持ちが上向かない。意識が内側へと向く引力が強くなっている感じがする。気持ちが上向かないというのは、おそらく外へ向かないということだ。外へ向かず、内側への引力が強くなっているということ。弥勒の風穴に最猛勝が吸い込まれると毒になるみたいに、自分の偏見/社会の声まで内側に入ってくることが問題というか。吸い込んだ時の毒の痛みが今の動悸だとも言い換えれそう。職場は良い人ばかりなのに行きたくない、という思いが日に日に募っているけど、この心境の変化も同じ原因だと思う。付き合っていた人との別れに関しても同様だとも。その時の反省を踏まえれば仕事をその理由でやめるべきではないし、考えを落ち込みに向かわせてしまう軌道は修正しないといけない。