先日観てきた平塚市美術館の「香月泰男と丸木位里・俊、そして川田喜久治 -シベリアシリーズ・原爆の図・地図-」展。終戦後、シベリアに抑留された当時の経験を元に描かれた洋画。原爆投下後の現地取材を通して制作された日本画。そして川田さんの写真へと続く。このコンテキストが、戦争という共通項のもとにそれぞれの「ちがい」を複雑に交差させていて、単純な三者三様の展示では無い内容になっていた。
洋画の香月さんは、シベリア抑留という強烈な過去があり、白い紙があるとそこに当時の光景が浮かび、そこへ筆を添えるようにして描いているのだという。実際に生々しい強さがその絵にはあって、まさに当時の経験に突き動かされるように生み出されているみたいだった。また僕自身はそこであらためて、抽象的な作品は、精神性から生まれるものにおいてはそれがむしろ具象であること。記憶や感覚をたよりに描く時、それは写真のようにハッキリしてなくて当然であることをあらためて思う。
丸木位里・俊さんによって描かれた、原爆によって息絶えていく人々を描いた日本画は、その惨事から沸き立つ悲しさや怒りといった要素も含んではいると思うけど、その写実性と経過した時間とが重なってか、こうした出来事が、同じヒト同士によって行われたという、なんというか果てしない虚しさ、憤り、そして滑稽さのような感覚を抱く。またそこに少しだけ、大橋仁の写真を彷彿したりもした。
香月さん、丸木位里・俊さんより後の世代になる川田さんは、当事者性からは距離を置いたポジションから、戦争の痕跡の数々を「地図」という形で写真に残した。その一枚一枚には丸木さんの日本画に通じるリアリティがあり、また香月さんの洋画的な精神性を強く帯びているようにも見える。印画紙に浮かび上がる無数の黒い粒子は、出来事を正確に現す情報であると同時に、混沌とうごめく念的なエネルギーとして定着されているようだった。
川田さんが写した「その後」は、「渦中」による二作品の、現在への橋渡しとして機能していると同時に、その観察者的視点による写真は、出来事の全貌をあらためて少し冷静に、そして多義的に考えるキッカケにもなっていたんじゃないかと思う。写真ではないものが、写真以上に生々しく感じられる体験も個人的に大きかった。方法は違っても、イメージは互換性を持つということが一段と、自然に理解できたような感覚がある。