先日は正岡絵理子さんの写真展「羽撃く間にも渇く水」を観に宝町駅を降りて72galleryへ。およそ10年以上撮り溜められたという写真には、生物の生き死にや日常に見える奇異な光景などがモノクロで写されている。イメージはどれもとても強い印象。生(なま)的な鮮烈さのなかに、生(せい)的な温度が煌いているような、独特の迫力を持つものだった。

正岡さんとはじめて知り合ったのが今年の東川、NEXTプロジェクトと題したフォトふれOB・OGらによるグループ展で、その作品を観た時の衝撃が印象に残っていた。その時は確か、展示空間は、旧秋山邸というところの奥まった狭い一室で、天井も低く、白熱電球の赤みがかった光のみが空間をぼんやり浮かび上がらせていた。そしてその壁面中を埋め尽くすように、びっしりと写真が直張りされていたのを記憶している。それらは確かバライタ紙で、一枚一枚は波打っている。でもその外観には写真の内容と呼応するものがあった。空間や照明条件も、写真観賞の一般的な観点からすればよくないはずが、正岡さんの写真とはあきらかに調和していた。

今回の会場はホワイトキューブに額装展示という、いわばもっともベーシックな形式だった。色々な意見や事情もあるのだろうけど、僕個人としては東川で観た展示の方に強い余韻があると同時に、展示をする場所性・空間についてを考えさせられる機会にもなった。

2016.12.27|展示をみて



関東に引っ越してきてもうすぐ3カ月。ギャラリーでのアシスタント業務と、資料修復のアシスタント業務をかけもちしつつ、空いた日にティッシュ配りをして収入をやりくりしている。大阪で知り合った作家でフォトグラファーの方や、東川で知り合ったインストーラーの方がそれぞれ単発でアシスタントさせてくれることも時々あって、写真にまつわるあらゆる方面のプロの現場を経験させてもらっているので、仕事時間はかなり充実している。

これから先、この感じをしばらく続けていきたい。続けていくには自分の能力次第というところもあるし、これらの経験は、自分が将来どうやって生きていくのかの貴重な決断材料にもきっとなるから、妥協せず努力を費やしていかなければと思う。一方で、自らを今のこの状況に向かわせた本質にあるのは、自己表現としての自分の写真。仕事の充実とはなかなか両立できていないでいる現状にやっぱりもどかしさがある。

2016.12.25|雑記



先日観てきた平塚市美術館の「香月泰男と丸木位里・俊、そして川田喜久治 -シベリアシリーズ・原爆の図・地図-」展。終戦後、シベリアに抑留された当時の経験を元に描かれた洋画。原爆投下後の現地取材を通して制作された日本画。そして川田さんの写真へと続く。このコンテキストが、戦争という共通項のもとにそれぞれの「ちがい」を複雑に交差させていて、単純な三者三様の展示では無い内容になっていた。

洋画の香月さんは、シベリア抑留という強烈な過去があり、白い紙があるとそこに当時の光景が浮かび、そこへ筆を添えるようにして描いているのだという。実際に生々しい強さがその絵にはあって、まさに当時の経験に突き動かされるように生み出されているみたいだった。また僕自身はそこであらためて、抽象的な作品は、精神性から生まれるものにおいてはそれがむしろ具象であること。記憶や感覚をたよりに描く時、それは写真のようにハッキリしてなくて当然であることをあらためて思う。

丸木位里・俊さんによって描かれた、原爆によって息絶えていく人々を描いた日本画は、その惨事から沸き立つ悲しさや怒りといった要素も含んではいると思うけど、その写実性と経過した時間とが重なってか、こうした出来事が、同じヒト同士によって行われたという、なんというか果てしない虚しさ、憤り、そして滑稽さのような感覚を抱く。またそこに少しだけ、大橋仁の写真を彷彿したりもした。

香月さん、丸木位里・俊さんより後の世代になる川田さんは、当事者性からは距離を置いたポジションから、戦争の痕跡の数々を「地図」という形で写真に残した。その一枚一枚には丸木さんの日本画に通じるリアリティがあり、また香月さんの洋画的な精神性を強く帯びているようにも見える。印画紙に浮かび上がる無数の黒い粒子は、出来事を正確に現す情報であると同時に、混沌とうごめく念的なエネルギーとして定着されているようだった。

川田さんが写した「その後」は、「渦中」による二作品の、現在への橋渡しとして機能していると同時に、その観察者的視点による写真は、出来事の全貌をあらためて少し冷静に、そして多義的に考えるキッカケにもなっていたんじゃないかと思う。写真ではないものが、写真以上に生々しく感じられる体験も個人的に大きかった。方法は違っても、イメージは互換性を持つということが一段と、自然に理解できたような感覚がある。

2016.11.29|展示をみて



写真新世紀の公開審査会へ。生の空気を通してプレゼンテーションの重要さをあらためて痛感。自分の作品を語るということは、自分の作品をいかに客観視できているかの表明でもあるけど、それは写真という媒体が持つ複雑な背景も意識しないといけない。そして現代の傾向として「私」を題材にした作品はすっかり増えた。けど「私のことだから」と対話を生まない問題においてもプレゼンには重要性がある。勿論それらは一片に過ぎず、海外がこうだからということでもなく、語れてなお語り尽くせない余白をイメージに見出そうとする姿勢は大事だと思う。

私性が溢れ、かえってポリティカルな作品が減ったとも清水さんは話ししていた。実際に今回グランプリになった金さんは、プレゼンは明確で政治性もあって満場一致の審査結果だったそう。でもだからそれを目指そうではなく、自分がしたいことをやればいいとは思うけど、ただ内向的な私性はSNS社会において既にマジョリティであり、それがどういうことなのかの意識はやはり問われているのだと思った。

プレゼンは、作家が作品に追いついているかどうかを測られるし、追いついていないと、作品は真価を発揮できない。作品のことが大事なら、必然的にプレゼンも大事になってくる。全ての人に言い切れることではないものの、少なくとも僕はそう感じさせられた次第です。

審査員として登壇していた柴田さんが東川で作品みてもらった僕の事をおぼえてくれてて、また近々お会いできそうなのが非常に嬉しい。僕もやらんと。。

2016.11.13|雑記



「大事なことは主流にならぬことだ。傍流でよく状況を見ていくことだ。舞台で主役をつとめていると、多くのものを見落としてしまう。その見落とされたものの中に大事なものがある。それを見つけていくことだ。人の喜びを自分も本当に喜べるようになることだ。人がすぐれた仕事をしているとケチをつけるものが多いが、そういうことはどんな場合にもつつしまなければならぬ。また人の邪魔をしてはいけない。自分がその場で必要をみとめられないときはだまってしかも人の気にならないようにそこにいることだ」などということばは私の心に強くしみとおった。そしてそれを守ろうと思ったが、なかなか実行のできるものではなく、人の意識にのぼるような行動をとることの方が多いのである。 (宮本常一「民俗学の旅」から)

2016.10.17|引用



個展が終わった翌日に東京へ向かい、東川で知り合った友人宅に泊めてもらいながら家探しの日々。東川で同じボランティアとして出会った人は大体僕より一回り若かったけど、すでに自分の世界観を持っている人が多くて、今回泊めてくれた彼もその一人。そういうものが本当に羨ましい。自分は本当に影響されやすく優柔不断で自信が持てない類の人間(もうオッサンなのに。。)。。

家も帰りのバスも決まったその日に二人でトーマス・ルフ展へ。カマウチさんがブログで例えていた映像の解剖的博物学という言葉がしっくり。最新のテクノロジーを(古典技法もおりまぜつつ)駆使して、写真という生物の解体と再構成を繰り返してる感じ。この領域がトーマス・ルフなのかと思った。出来上がってるものはもはや写真というより、写真を参照にした平面作品に見えるものがほとんどだった。photogramやzyclesなんかはそれが特に顕著だったように思う。

個人的にはcassiniが、約20年前のカメラでないと写せない今があるという点に感銘を受けた。3Dma.r.sやstereofotosといったある意味体験型的な作品も楽しかった。3Dメガネをはずしてすぐ片目を閉じると、青い方で覗いていた視界は全体が赤く見える。それは眼の、赤に対する感度が高まっていたからで、趣旨とはずれてるかもしれないけど、「みる」という行為の根本への思考が行き届くスパイス的要素にも感じられた。ルフを読み解く類の書物も出てるみたいだから、それも読んでもう一回観に行ってみたい。

ルフの後は神保町でよく行くという本屋(すごい良い感じのとこだった)を少し案内してもらって、中華料理(餃子が美味しかった)を食べてお別れ。夜行バスに乗って帰阪。さあ出発は26日です。

2016.09.23|展示をみて/雑記



ザジヘアーさんでの展示が先日終了。今年1月にいとへんさんで展示したフォトグラムのシリーズの延長線上的な作品を発表した。これまで撮って来た写真もポートフォリオとして置いていたので、「カメラを使っている方、いない方」という風にわざわざ説明する機会も多かった。それはカメラを使うのが当たり前だったのでちょっと不思議な感覚でもあった。

遠近法が無くなり色彩の反転も加わって現実味がなくなったイメージは、写真っぽくないと言われる事も多かったけど、光の痕跡として印画紙に定着されてる点でやっぱり写真なのだと思う。ただ方法からその根本へ意識の重点が寄ったような感じがある。C.S.パースが絵画や言語を分類した際にインデックスという言葉を使ったそうだけど、その言葉を思い返すことは多かった。

在廊中に一番多かった感想が「微生物や細菌に見える」的なことだった。つまり顕微鏡写真のようとも。もしくは天体的ななにか計り知れない巨大なもの。対象がなんなのか判別のつかない場合に、もっとも近いと感じるものを連想するのが頭の自然な働きだけど、それがいわば肉眼では視認できないものに結果した。そういえばクリスティアン・サルデが写したプランクトンを眺めていると、さながらそれが宇宙に浮かぶ星々のように見えることがあった(同時に僕がこうして微生物を眺めてるのと同じように、自分自身の存在を俯瞰するなにかを想像した)。自分の肉体と眼球というスケールが無くなることで見えてくるもの。そういう意味でも顕微鏡的だったのかもしれないし、そこはこれからもう少し掘り下げてみたいと思った。

今回の展示ということに限っていえば、展示は店舗を構えるようなことだとして、自分はまだまだその営業が足りない。そんな風に思うことはできた。でもそれは、有名になるまで展示をするべきではない、とかそういう結論ではない。そもそも、店舗を構える必要性についてを考えさせられてた。それで、展示以外の方法での感触をまだ知らない事はやっぱり問題に感じたから、次こそは違う方法へ積極的に向かってみたいと思います。

2016.09.21|雑記



7月の下旬から今月はじめまで行っていた北海道・東川国際写真フェスのボランティア(通称フォトふれ)での日々はとても濃密だった。毎日朝早く起きてから夜遅くまでひたすら作業。専門家の方の指導のもと、作品の保存や管理の基本から、プリントの扱い方、マットの作り方、額装についてなど実際に手を動かし学びながら、最終的に展覧会の設営まで進んでいく。扱う作品も数十万~数百万単位のものばかりだから緊張する分、ひとつひとつの作業は身体にしっかり染み入ってくる。体力も精神もとても消耗するけど、心地よい疲労感だった。毎日作業を共にするみんなとはその積み重ねでどこか身近になれていく実感があってそれも良かった。宿舎に帰ったら帰ったでみんなでなんやかんや喋り写真を見せ合ってた時間もちょっと恋しい。

自分の作品を持っていってたくさんの人に見てもらった。写真家、作家、小説家、評論家、編集者、、、皆さんとてもしっかり、じっくりと見てくれる。色々な意見があったけど、なにより話しをしていた「感触」として自分の作品を真摯に見てくれている人が多かったのが良かったし、厳密に読み解いた上で肯定してくれる人とも出会えたのが嬉しかった。

総じて東川での日々は本当に充実した時間だと感じた。これは間違いない実感。自分が将来的になにをやりたいのか、いまも具体的には分からないけど、今回の東川での日々を経験して、その輪郭はまた少し鮮明になった。ただ時間が許される限りもう少し、それを確かめたいと思っている。今の仕事は今月で終わるし、個展も終わったら関東に住むことを決めている。そこでどうなるかとかは分からない。すぐめげて帰ってくるかもしれないし、意外と続くかもしれないし、今予想できないほかの展開になるかもしれないし絶望するかもしれないし。分からないけど、そこであらたに確かめられることがあると思うからそこで決めたい。

2016.08.10|雑記



2016.08.05|*



2016.05.22|*



先日ギャラリーソラリスで開催されていた展覧会で、橋本大和さんの作品を購入。展示されていた作品は、全体的に興味をそそられるものばかりだった。中でもこの一枚は、まずイメージの鮮烈さに惹かれた。その形象と色彩の組み合わせと佇まいから、まるで異様な生き物(まるで深海でゆらゆらとゆらめいてそうな)のように感じられるところ。実際にそれは、頭の無いマネキンに飾られた仮面と孔雀の羽なのだけど、だからといって不可解さが残る。そこにあたっている光がまたとてもきれい。相まってか、どこか感じるノスタルジックな空気も良い。

ここまでなら、ほかにも同じくらい魅力を感じる作品が多くあった。他の写真とこの一枚の大きな違いは、撮影者自身も写っているというところ。ディスプレイされた対象とカメラとを隔たるガラスに、カメラを縦位置に構える橋本さんの姿がみえる。それは「誰かがいまこれを写した」ということが写っているということ。

はじめに展示で見た時にはこの映り込みに気付いてなくて、二回目に気付いたのだけど、その瞬間に今までには感じたことがない類の「ビビビッ」が起きた。それまでは「良い」と感じていた。その「良い」という答えが成立していた頭の中の数式に、ビビビッと変数「x」が出現したことで、瞬間に答えが「?」になった感じ。分かっていたものが分からなくなった。その要因になる「x」という謎に対する興味が決め手になった。

作品というものを買ったことは、過去に震災があった時、チャリティー展で出されていた安価なものを購入したぐらい(それもとても気に入っていてずっと飾っている)。だから今回買う時は、価格的にもちょっと緊張したところがあった。それでも、世の中で流通している「作品」、少なくとも若手というカテゴリからみた価格帯を大体ながら把握していたし、小山登美夫さんの本を読んだことも手伝って購入に踏み切れたのだと思う。「作品を買う」ということ自体への興味がずっとあったし、ある方へのご恩のことが強く後押しにもなっている。

これが五年前の自分だったら、買わなかった(買えなかった)だろうと思うけど今は感覚も変わったということなんだと思う。けれど変わる前の感覚も大事に忘れないようにして、一方的にならないようにしながら作品というものの価値を考えることも続けていきたいです。

2016.04.07|雑記



あとその人に言ったのは、「メディアの環境が昔とはまったく違うから、そういう心の問題に関して、さまざまな人がさまざまな意見を言い過ぎてしまっている」と。それで「もし五十年前にあなたが生きていたとしたら、それほど悩むと思いますか」って聞きました。「もしツイッターとかそういったメディアも全然ない時代で、あなたがそれでもカメラを持っていたとしたら、いまみたいには悩んでいないと思いますよ」って。そういう環境であれば、もうちょっと自分の直感に従って動いていたのかもしれないよね。あとは撮らなかったにしてもあんまり悔やまないとか、もうちょっとシンプルだったかもしれない。 (畠山直哉×大竹昭子「出来事と写真」から)

2016.03.19|引用



2016.03.01|*



京都三条MEDIA SHOPで田中豪さんの「ICONS」。主に人型のキャラクターが描かれた作品が20点近く展示されている。細い線で描かれていて、色の濃淡は漫画に使うスクリーントーンが使われているから一見、漫画の原画展のようにも見える。その支持体は透明で、過去の展示についてウェブでみてみると、一度描いたものを透明シールに印刷して貼っているという。今回のこの作品もおそらく同じ方法。そしてその背景には、キャラクターの姿をまとうように絵の具かなにかでペインティングされてて、さらにその背景には、大きく拡大されたスクリーントーンや写真なんかが貼られている。

キャラクターは(ほぼ全てが)人型で、老若男女、性別不明なものまでさまざま。服装など外観は一人一人が全然違っていて、それらがタイポロジー的に並べられている。どこか既視感のあるようなものもあれば、全然そうじゃないのもたくさん。このキャラクター達がどんな世界で暮らしていて、一人一人がどんな意思を持ち、どんな言葉を話すのか、どんな能力を持っているのか。いやいや、そもそもその想像の方向は正しいのか??そんなイメージの余地がある、どこか掴みどころの無い世界観に、妙に引き込まれる。

会場の中心にあたる壁面には、大きく引き伸ばされた木々のモノクロ写真と、カラーの天体写真が貼られている。イラストからの流れで唐突にも感じるけど、この関連性はなんだろう。キャラクターの画にも一部こういったものが重ねられてたけど、この二点の写真の存在は、展示空間全体のもう一つのレイヤーとしての役割にも見える。とても古い写真に見える木のモノクロ写真と、星のカラー写真。そこが故郷なのか、目指す先なのか、はたまた。微視(木)と巨視(星)、何十光年とあるお互いの距離というスケール、その広大さが、キャラクター達の存在の肯定に繋がっているようにも見えた。

絵自体はとても精密で、頭から足の指先まで一人一人違う。そこからスクリーントーンによって漫画的なチープさが上乗せされていて、支持体がシールということも、それを手伝っている。精密さとチープさの二重性。例えば微粒子のネガの写真をコピー用紙で出力すると、ファインプリント的な見栄えが無くなる分、写っている内容により注意が向く場合がある。もしくは、コピー用紙それ自体のざらざら、ペラペラとした感じが、写っている内容と調和して写真の強度が増す。スクリーントーンの効果はそれに似たものがあるようにも思える。

タイトルのICONSは、教会の聖画像「イコン(ICON)」と、パソコンのデスクトップに並んだ「アイコン(ICON)」の二つの意味を重ねたものだと話してくれた。僕は聖画像としてのイコンや、美術史についてもまだまだ知らないことだらけで、読み解けてないところもあると思う。ただ単純に絶妙な着想と、それを描き上げる線の精密さと強靭さ。これが掛け合わさった感じがとてもスタイリッシュでカッコよかった。

2016.02.18|展示をみて



26歳を過ぎる頃から、まるで足元からピキピキと石化が始まっているような感覚に見舞われ続けている。それは今日よく確認してみると履いている靴全体が鉛のようになっていて、それがとても重たいのだと気付いた。片方だけで30kgぐらいある感覚。だから一歩歩くことが億劫になる。そしてなぜか年々、その重量は増す。伴って自分も動こうという気持ちが減っていく。だから足の筋肉も衰えていく。

悪循環の理屈はこういうことなんだと考えた。それなら靴を脱いでしまえばいい。とは思わず、僕はこの靴の重さをものともせず歩いていきたいのだと思った。だから今は写真をやってる。写真を通して歩んでいきたいと思ってる。何よりその動機がこの靴の重さでもあるのだと思った。

2016.01.17|雑記



夜中のいつもの帰り道。道路沿いのゴミ置場からガサガサと音が聞こえる。ゴミ袋の山の中で人の背中が街灯に浮かんでいる。ゴミを漁っているようだ。よく見るとその漁る人のちょうど後ろに黒い野良犬もいる。黒い野良犬がワンと吠える。漁る人はビクッと驚き振り返る。黒い野良犬は慌てた様子でゴミの一つをくわえて逃げる。漁る人は「うるさいなあ」と言いながら目の前のゴミ袋を開ける。すると中からフライドポテトが大量に吹き出る。ちょうど一人の青年がゴミを出しに来たところだった。そして青年はフライドポテトまみれになる。茫然とした様子の青年に漁る人は「幸せだろ? 」と言う。 青年はゴミと、それから百円玉を手渡す。漁る人はそれを受け取るとおつりと領収書を渡す。漁る人は路上で暮らしながらゴミの受付と分別の管理を請負っている。領収書の控えと受け取った小銭を黒い革の財布にしまう。小銭入れのボタンをパチンととめる。その音と親指の感触で、この黒い革の財布は僕が13歳の頃からずっと使っていたもので、ここで漁る人は自分自身だということに気付く。そして目が覚める。昨日見た夢。

2016.01.08|雑記



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