…幼児の想像力を考察した際も同じことであって、心像(イマージュ)と呼ばれているものは、幼児においては、先行する<知覚>の稀薄になったり微弱になった一種の<写し>のごときものでは決してないと思われました。想像と呼ばれるものは実は情動的行為であり、したがってここでもわれわれは<認識主観と認識対象との関係>の言わば手前にいたことになります。問題は、幼児が<想像的なもの>を組織し上げるその原初的操作にあるわけであって、それはちょうど、知覚においては<知覚されたもの>を組織し上げる原初的操作が重要であるのと同じことだったのです。

幼児の線描きについて調べたとき、有名なリュケの著書に抱いた不満の一つは、まさにその点でした。と言いますのも、その著書では、幼児の線描は欠陥をもった<成人の線描>と考えられていますし、また幼児の発達ということも、いろいろな年齢の線描を通して見ると、ちょうど成人が行なっている世界表象、少なくとも西洋の白人のいわゆる「文明化した」成人が行なっているような、言い換えれば古典的幾何学の遠近法の法則にのっとった世界表象の試みの、<一連の失敗>のようなものだとされているからです。だが、われわれが示そうとしたのは、その反対に、幼児の表現の仕方は、いわゆる「視覚的写実主義」の途上の単なる<あやまち>としては理解できないものだということ、それはむしろ、幼児には古典的スタイルの線描の遠近法的投影に見られるのとは全く違った<物や感覚的なものに対する関係>があることを証明するものだということでした。…
「眼と精神」p103から

2019.03.07|引用



先日、大阪の福島区にあるphoto gallery SAIへ。ここでアシスタントを長く務めている大石さんの誘いや、東京で知り合った美術家の吉國さんがトークイベントで聞き手をするからというのもあってだった。展示されている小原一真さんがどんな意思でどんな作品を作っている人なのかは、この日初めてまともに知ることになった。

過去に大石さんと話ししたりしてきた中で、作者に対して、グローバルに活動されているフォトジャーナリストという肩書きのイメージだけがぼんやりあった。そこには、主に政治的な問題をフォーカスし、社会へ共有を試みるという使命感があり、例えば紛争地域をドキュメントするカメラマンといった存在などがイメージに浮かぶ。マグナムなんかはそこと直結していると思うし、最近だと林典子さんや郡山総一郎さん、IMAでお会いした苅部さんの姿も思い浮かんでくる。

一方で僕は、そういった問題に全く無関心のまま大人になり、現在に至っている。いつだって政治的なニュースは見ないし、第二次世界大戦についても、教育の過程で幾度となく訪れる学びの機会を、無視するでもなく、ただ無自覚に素通りしていた。3.11や9.11は確かに記憶にもまだ新しい。けれどそれも液晶画面越しに目の当たりにしたことであって、その向こう側を想像する力が自分には無かったのだと思う。その一つの出来事によって、多くの人々が考え方を激しく揺さぶられ、その後の人生を大きく変えている。それも事実として分かってはいながら。小原さんがトークの中で「事件の翌日、当時高校生で、クラスメイトが『映画みたいだった』と言っていたことを今もよく憶えている」と話をしていた時、多分、僕も同じようなことを言ってたんじゃないかと思ったのだった。

目の当たりにすることが、液晶画面越しである。ということが、一体どういうことなんだろうと、あらためて考えさせられる。言うまでもなくそれは写真に通じる問題で、そこに「reality」という、今回のトークイベントの主題でもあった言葉もあらためて浮かび上がってくる。

人はなにかを経験することができる。それは人がある種の受容体であり、物理的な刺激を五感から取得し、それを電気信号に変換し経験として備えることができるから。脳は、蓄積した経験をブレンドでき、だから結果的に予測も出来るようになる。つまり一つの出来事と遭遇しても、それまでにどんな経験をしてきたかによって受け取り方は変化する。そして、だから「液晶画面越しにその映像をみた」という時間自体のリアリティは共通のものとしても、「液晶画面越しになにをみたのか」ということのリアリティは、どうしても解釈が多様になり、また散漫ともなる。

ジャーナリストの作品全般に対しては、強いストレートさが目立つという印象がある。その立場の作品全般から受ける印象に、ここでいう散漫さが少ないのは、そこに写される題材の多くが、私たちが経験的によく知っている体験としての痛みや喜び、愛情といったことの、その顕在化されたイメージであることが多いからじゃないかと思う。文化や情勢の違い以前に、傷ついた肉体や、表情の喜怒哀楽がなにを意味するのかは、文化や情勢を理解していなくても、分かるし、分かってしまう。 写真(現実を、平面の視覚情報へ圧縮したものとしてのリアリティ)は、だからそうした事実の報告に多用されるし、実際に強く訴えかけてくるものがある。それを、ここでは「目に見えやすいもの」と言い換えてみる。

その一方で、痛みや喜び、愛情といったものの一つ一つには様々なケースがある。そうした、僕ら自身がよく知っている、数え切れないぐらい細分化された感情のディティールは、写真という平面へ圧縮される過程で、どうしても失われやすい。例えばそこで「痛み」という言葉は、細分化されたそれを包括した単語に過ぎない。そしてその言葉に包括された中身ほど「目に見えにくい」。だからそこへフォーカスしようとするほど、どうしても「目に見えやすさ」がぼやけていってしまう。つまり抽象的になっていく。それは、私たちが最もシンプルな形で共有しているイメージから遠ざかるということ、すなわち、パーソナルな方向へ向かっていく事になるのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。

けれど、だから見えにくいしよく分からないのだとしても、それは事実として確実に存在している。だから、その目に見えにくいものを表そうとする時、その事実を確信として捉えていることがまずなによりも大事になってくる。

小原さんはここでいう「目に見えやすいもの」を捉えているジャーナリストではないことは明らかだった。もう少し厳密に言えば、「目に見えた」ものから確かに感じ取ったことに突き動かされるようにして、あるいはそれを辿るようにして、徐々に「目に見えにくいもの」へと辿り着いていく、そうした変遷があるんじゃないだろうか。だから、その経験のなかで、自身に最も強く刻まれたなにか、という強い確信をもとに、どうそれを表すことが適切であるのか、これを真摯に試みているように見える。

トークの後半では「自分が何者なのかについてを考え続けていく」ということも話ししていた。ジャーナリストとして、とても抽象的なことへ直向きに進み続けている存在を目の当たりにするのが、自分には新鮮で、またどこか強く励まされるような気もした。

さっき、「シンプルな形での共有事から遠ざかること=パーソナルな方向へ向かっていく」と書いた。つまり作品の抽象化が、パーソナルということへ合流していく。そうすると進むその先には、1人の個という、ぽつんとした物理的な存在が見えてきそうな気がする。その個を見つめ、向き合おうとすることが「自分について考える事」なんじゃないだろうか。そして、そうした個々の思索が行き交い、敷衍する結果としての無意識が「人間についてを考える事」なのかもしれない。それは、個と個は完全な同体にはなれないけど、結合したり、近くを漂ってたりして、互いの存在を認識し合っているそれら個々を包括する場のようなもの。その場では僕らという種の最も根底にある、普遍的ななにかが交わされている。もしかしたらそこに「自分が何者なのか」の重要な回答があるのかも。横浜トリエンナーレでのキャタルソンの空間にみた個(孤)による合奏や、畠山さんの著書の「そこには寂しさなどではなく、大きな意味での連帯と、それがもたらす喜び」という一文なんかも思い出す。

2019.03.05|展示をみて



去年の12月頭に東京で展示する機会があったこともあり、その時も一週間ほど向こうに滞在していた。たまたまその期間中、友人の根本君がCAFというアワードに入選し、グループ展に参加しているというので観に行っていた。彼とは美術施工のアルバイトで知り合い、作品をはじめてみたのは1年ぐらい前。「彫刻をやっている」と聞いていつつ、そのジャンルをまともに観たことがなかった自分にとって、実際に見たそれは「立体」という形式としては確かながら、漠然と持っていた彫刻というイメージからは大きく外れたものだったことを記憶している。僕は彫刻の歴史や美術の文脈についても詳しくないから、論理的な解釈はできない。しかしながら彼の作品には漠然と好感を持っていた。人柄を知った後に作品を観たから、というのもあるのかもしれない。ただ、それは言い方を変えれば、彼という存在と作品との印象のギャップが無いとも言えそう。

そういえば彼の過去の展示で「ペニス屋さん」というものがあった。彼がペニスという題材をしばしば扱う時、それは性器としての神聖さをなんとやら、というよりは、どこかセルフポートレートのような主張を感じるものがある。ペニス屋さんは、その言葉の背景にある放送禁止用語的な意味性を、屋台という老若男女に慣れ親しまれた普遍という記号に対応させているように見える。その屋台にある「おバカな落書き」的装いには現代感もあるし、それら全体のバランスが彼のロジックと風刺を示すカラーにも感じる。そうした展示が上野公園という場所で行われた事実は、ある意味でボディ・パフォーマンス・アートの属性を彷彿させられるようでもある。

「自分は手先があまり器用ではない」と言いつつ彫刻という手段を続けていること。またそれによって完成されたいくつかの作品を見ていると、決してそれはハンデや技術不足などではなく、むしろ筆跡のようなものとして作品の構成要素になっている。そうした「くせ」はしかし本来、平均化されていくもので、例えば写真にも技術という一つの正解があり、そこに向かって皆が修練を重ねる。その技術的な正解というのは、社会に設定された指針であり、受験勉強とも似て点数化しやすく、高ければ高いほど優秀とされる。

そして現代の一つのエポックとしての人工知能が促す、ここで言う「くせ」という問題についてを思い出す。前述した技術的な正解というものの価値は、一方でテクノロジーの急速な進化によって、相対的に淘汰されていくと言われている。携帯電話の登場が、親の電話番号を暗記する必要を無くしていったように、いまある知識や技能の価値は、単純なものから淘汰されていく。だからその対局にある抽象的なことの価値が相対的に増すし、そこで新たにヒトらしさとは何かも問われる。だからこそ不器用であることを自覚しながら、それを扱うところには先見性もあると思う。

CAF賞で展示されていた作品「つくられた壺」は、土のような素材でできた壺が複数、台座の上に配置されている。一つ一つには古代の壁画のような絵が描かれていて、その絵と壺の外観は共に手ぐせ感も現れている。絵は、人の動作の様子が多く、中には掴み所のない不思議なポージングのものもある。そして五つの輪が描かれた絵の存在によって、それらが現代のスポーツの祭典を背景の一つとしていることに気付く。長い歴史を持つ装飾品としての壺は、賞賛や威厳といったイメージを持つトロフィーとも重なる。少し調べてみると、古代ギリシャでは当時のオリンピックの様子を描く壺絵というものがあったらしい。そして当時の”祭典”は、スポーツという点では共通しながらも、常識や倫理などの面で、現代の感覚とはかけ離れた部分ばかりだったようでもある。ちょっと調べた程度なので、確信はない。ただ「オリンピック」という祭典に自らの「手」を介在させるという行為に、「屋台」に「ペニス」を掛け合わせたそれとの重なりを感じたのだった。壺の表面に残された肌理は、祭儀や儀礼といった文化を通してヒトについてをなぞろうとした軌跡にも見える。またそれは、ヒトが大衆化することによっていつも生まれてくる、あらゆるディストピア的思想に対して中指を立てることの、その真摯さを見るようでもある。

2019.02.02|展示をみて



2019年になった。今年32歳を迎えることになる。今日は1月の30日で、今朝夜行バスで東京から戻ってきたところ。24日の夜に出発したから、一週間近く向こうに滞在していた。今回もまた沢山の人と会うことができた。去年末の展覧会で作品を購入してくれた人たちへ直接渡せたし、キュレーターの人やギャラリーの人、出版の人であったりから、以前も泊めてくれた友人達、また彼らと行動を共にした先で出会う人々。同じ作家として飲み明かせたり。次に繋がる話もいくつかでき、とても充実した5日間になった。昨年11月末、雑誌に特集してもらう機会があったことや、大きめな賞を受賞できたことなどが、じわじわ効果をもたらしてくれているということなのかもしれない。ただ一方しかしながら、評価されているのは作品でまだまだ僕自身では無い、そうしたことも、人に観てもらったりする度に感じさせられる。僕自身は作品に追いつく為にも、今年も色々なことを学び続けたい。合間で観に行った幾つかの展覧会では、強い感銘を受けたものもあり、それもまた別で書いてみなきゃいけない。

写真に関しては、なので現状動きが感じられて良い一方、それ以外の面では本当に良いことが無く、その一つが母親のこと。年々体調が悪くなっていく母は、今日30日の朝、近くの大きな病院へ入院していった。明日手術がある。命に関わる病気等ではなく、一週間ほどで退院するそうなのだけど。僕は昔から母親に対してうまく振る舞うことができない。今朝もそうだったけど、自分のそれが与えているストレスは決して小さくないのも容易に想像できる。僕の遺伝子の半分を構成している存在としての母は、もう半分の父の記憶が全く無い僕にとっての全てだし、だから母親が病気で病んでいく様子は本当に耐えられないものなのだと、悪化の度に知る。今までしなかったような咳が聞こえる度に心臓が痛んだりするし、ここ数年ずっと頭が痛い。

2019.01.30|雑記



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